アヒル星人


 「ガァガァガァーッ!」「ちょっとあんた、ナニ喋ってるか解んないじゃない。スイッチ入れてよ。」パチッ。「これでええか?今な、“みなさんこんにちは”言うたんや。」「でもなんか変よ」「そうなんや、なんやら近頃この自動翻訳機、調子悪うてな。ほらいつのまにか関西弁になってしもてるわ。」
 この夫婦、じつは新婚宇宙旅行中に宇宙船の故障でこの古代の丘に不時着し、その姿が地球のアヒルという生物にそっくりな事をいいことに、ここ中里堤に住み着いてしまっているのだ。
 「子供たちがうるそうてかなわんわ、少し静かにするように言ったって。」「だってしょうがないじゃない、騒ぎたい盛りなんだから。でもほんとに可愛いわねうちの子達は。」「そやな、もうお前とほとんど同じぐらい大きなったしな、タヌキにももうねらわれへんやろ。」
 そう、ここの環境がとても気に入った夫婦達は永住の覚悟を決め、昨年八羽の子供を産んだのだった。残念ながらそのうちの二羽は近くに住むタヌキにやられてしまったのだが。
 「ねぇあんた、私たちこの星に来てほんとによかったわねぇ。悲しい事もあったしここの暮らしになじむのにも結構苦労はしたけど、自然はこんなにいっぱい残ってるし、ここの知的生物達はみんなやさしいし。」「ほんまやな、わしらの星とはおお違いや。わしらの星の文明はこの星よりずっと進んどって何でも便利になっとるけど、開発が行き過ぎて森なんてほとんど偽物やしな。小鳥のさえずりや虫の音だってお前知っとるか、あれ全部コンピュータの合成音なんやで。」「知ってるわよそれぐらい。自然のものが残ってたなんて大昔の話じゃない。それより世の中が便利になるにつれ、みんな自分の事しか考えないようになってしまったことが、もっと悲しいわ。」
 「せやけどな、いずれこの星かてわしらの星と同じ運命をたどるんとちゃうやろか。」「・・・そうかも知れないわね。でもね、この頃そこらぢゅうで縄文時代って言う大昔の遺跡のことが話題になってるでしょ? あれってこの星の神様がここの生物達に何か気づかせようとして発見させてるんじゃないかと思うの。」「なるほどな。それに気づいて自分達の生活を変えて行けるような、出来のええ生物やとええんやけどな。そういえばこないだバンガローで飲んでった『なんとか太鼓』の連中、あの大騒ぎ見てたらほんま、心底心配になってくるわ。」

 「そうそうあんた、今日は縄文まつりの日よ。」「おお、せやせや。去年初めて見たんやけど、ものすごう賑わってたな。ゲームやったり昔の仕事をやってたり。“ソバ”とかいう細長いもんとか“モチ”とか言ってたな、よう伸びる食いもんをうまそうに食ってたわ、わしもいっぺん食うてみたい。」「まったくあんたは食い意地が張ってるんだから。そんなことより私はね、あの『なんとか太鼓』の子供たちがすっごく気に入ってるの。」「ん、せやな。今年はどんな演奏が聞けるかごっつ楽しみやで。」

 「どれ、そろそろサービスしに行かなあかんな。ほなみんな行くで。」
そう言うと八羽の“アヒル星人”?達は子供たちが魚釣りをしている岸辺へと、飛びっ切りの愛らしさを振りまきながら泳いでいった。人間をからかう事がお気に召したらしい彼らは、もちろん、釣りの邪魔をしに向かったのである。


1996.OCT 縄文太鼓 金子俊郎

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