おしゃべりな土偶達
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 爽やかな秋色の空に浮かんだイワシ雲が、少しずつオレンジに色を変えながら、堤の水面にかすかに揺らいでいる。帰り支度を始めたらしい5〜6人の釣り人の、釣果を自慢し合う賑やかな声を聞きながら、私はぼんやりとその湖面を眺めていた。
 ここ中里堤は、私の大好きな場所。四季折々に、そのたたずまいは私を優しく包み、なぜかほっとした気分にさせてくれるのである。

 周りにはもう誰もいなくなり、風の冷たさを感じてきた私は、そろそろ帰ろうと車のある方向へ歩き始めた。その時、
「おいっ!」
 そう聞こえたような気がして足を止め振り返った。が、そこには丘に点在する土偶達が佇んでいるだけである。気を取り直し歩を進めると、また、
「よおっ、お前のごどだあ」
 ちょっとドスの効いたここら辺なまりの声。その声のする方に振り返ってみると、なんと、一番上にいる宇宙人のような遮光器土偶が、私に手招きしているではないか。不思議と恐怖感はなく、私はゆっくりと近づいて行った。
「ちょこっと話しでもしてったらええべ」
 確か青森生まれの筈なのだが、すっかりこの土地に馴染んでしまったらしい。なにせ土偶と話すのは生まれて初めてのこと、私は当惑しながら曖昧な返事を返し、少し離れた芝生の上に腰を下した。

「よ?ずえぶん変わったじなあ…」
「…なにが?」
「人間がよ」
「服装とか持ち物のこと?」
「それもほだげんど、考えがだがえぢばん変わったんでねえが?」
その細い目は寂しげに遠くを見ていた。
「おらだ生まっちゃ頃の人間はよ、もっと優しがったもな」
私は黙ってうなずく。
「この頃は、皆してじぇにじぇにて、我さえ儲がりさえすっとええなだもな。片っ端がら山は崩すし、木は根ごそぎ切ってえぐし、がらくたはぶん投げでぐし…」
堰を切ったように、彼?は現代の人間社会の身勝手さをまくし立てた。今度は後ろの方から別の声。
「それによ、なえでも簡単に買われるもんだがら、物の有難だみ忘しぇったもな」
ハート型のパラボラアンテナのような顔をした奴が、暮れかかった空を見上げながらぽつんと言った。
今度は膝を抱えた色の黒い奴。
「この世の中、みな我だのもんだど思ってんでねべが、ほんねが、ん?」
言葉が捜せない。あっちこっちの土偶達が、ボソボソ喋り始めた。
「もっと人間以外のものど、よっくど喋ってみて、そいつだの気持ち解ってやったり、そいづだの立場になって考えればそんぎゃにあえまちはしねもんだ」
「そうだよなあ…」と私。
「ほだほだ、むがしの人間はよぉ、石ころどでも草っ端どでも虫っけらどでも、何どでもよおぐ喋ってだけもな」
色んな物に祈り、感謝したということか。
「このまんまでえぐど、人間も長んがぐねえなぁ…」
一番向こうの奴がぼそっと恐ろしいことを言い出す。急に土偶達は口を閉ざし、辺りに静けさが戻る。
私を含めみんな何かを考えているようである。

「そ、そ、そんぎゃに、あ、あぎらめだもんでも、な、なえべ」
相撲のしこを踏んでいるような格好のひょうきんそうな土偶が、少しどもりながら話し出す。
「え、えまの、に、人間だて、ば、馬鹿ばっかりでもなえよ。こ、こ、こごさ来る人間は、ち、ちと違うんでねえな?キャンプしたり、ざっこ釣りしたり、お、お、おぼご連っちぇ来たりする、れ、連中は、け、結構善い人間だもな」
救われる思いだった。
「ほだな、こごさ来て何か感じてける人、なんぼでも増えでってけっとええげんどな」
しみじみとした口調で、例の宇宙人が呟く。

 もう周りはとっぷり暮れてしまい、山の稜線だけがくっきりとそのシルエットを見せていた。
「それじゃ、俺、そろそろ帰るから」
私は腰を上げ土偶達に別れを告げ、少し足早に車へと向かった。後ろは振り返らずに。
 もう話す声はなく、私の靴音だけが夕闇の堤に響いていた。
 今日のことは、おしゃべりな土偶達のことは、決して誰にも話すまい。どうせ、誰も信じてはくれないだろうから…。
 私はそう心に決め、イグニッションをひねり縄文の丘を後にした。

※方言が理解できない方は、最寄りの現地人にお尋ね下さい。


1991.OCT 縄文太鼓 金子俊郎

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