ネタ切れするまで続く
木曜日は木の話
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2008年1月

その220  森林税(緑環境税)          1月31日
 
思いのほか大雪になりました。今朝、事務所の周りでは30センチぐらいの積雪がありました。しかも湿気を含んだ重い雪で、雪除けにも時間がかかって汗びっしょり、冬を実感します。こんな時、山の木はどうなっているんだろうと思うのですが、1.2月に家の山にいったことはありません。
一昨年の大雪でも、けっこう倒木がありました。木が密集していて枝が混んでいると、雪の重みに耐えられないからでしょう。
長野県で、今年4月に「森林税」が導入されるそうです。県民の皆さんの反応は賛成や反対よりも、わからない・何に使われるのかはっきりしないと言う答えが多いとのことです。
我が県でも「緑環境税」と言う名前で今年度から導入されています。それに伴なっての広報や、事業の募集などが行なわれていました。募集事業の内容は、森林・自然環境学習、自然環境の保全活動、豊かな森作り活動、となっています。残念ながら私はかかわることがなかったのでよく分からないのですが、先日その活動の報告会も開かれたようです。
森林づくりや山との関わり方は、色んな形があると思います。それぞれの活動での成果もあったのだと思いますが、それが単発のイベントで終わらないで、継続して森林と付き合っていくことが大切なのだと思います。できればもっと単純に、県内の山の木を使うこと自体を援助していくような形になればいいのだと思うのですが、どんなもんでしょう。
今年は幸い?雪が多いので、積雪があるうちに家の山に行ってみようと思います。でも、危ないことはできないので、ちょっと覗いてみる程度にしようと思います。



その219  再生紙          1月24日
 
去年の一年を表す漢字として、「偽」と言う字があげられました。建築業界の耐震偽装から食品業界の賞味期限や原材料の偽装まで、日本に「偽」が蔓延していたという事でしょう。
今年になってまた一つ「偽」が出てきました。最近ニュースになっている再生紙の偽装問題です。再生紙利用の比率が表示より低いとうもので、一般のユーザーにしてみれば少しでも環境に配慮したものを使おうとする心理を裏切られた形です。
確かに、ハガキや名刺に「再生紙使用」の表示はよく見かけます。中には100%と謳っているものもあります。○本製紙の社長の会見では、再生紙の混合比率が高いと品質が保持できないという事もでてきました。。でも、「だったら出来ないと、はじめからはっきり言え」と言いたくなりますよね。
耐震偽装、食品偽装にも共通することですが、日本の制度は最後の出口だけを締めて、その途中に対する配慮がないからこんなことになるのかなぁ、などと思ってしまいます。
再生紙の問題は混合比率が高ければいいかと言うと、そうでない側面もあるとのことです。たとえば、再生紙を使用するには、バージンパルプを使用するのに比べて化石燃料を2倍も使っているという事です。そして、漂白剤などの薬品も使ったりするわけです。
紙も木からできています。再利用しなくても土に返すことができる使い方(たとえばインクを環境に害のないものを使う)をすれば、トータル的に見て木を伐って循環させるわけですから、環境に対しての負荷は少なくできる訳です。
ただし、いま現在の紙の原料になる木は大半が輸入だそうです。それだと輸送にもエネルギーがかかるし、日本の森林の利用にもつながらないですよね。古紙再生も必要なことかもしれませんが、日本の森林の木をもっと紙の原料に使うことにも取り組んではどうなのかなぁ、などと思うのは私だけでしょうか。



その218  地球温暖化          1月17日
 
昨日は一日中雪で、急に大雪になりました。地球温暖化は心配していても、除雪作業は楽なほうがやはりうれしいものです。
去年あたりからガソリンの値段が上がり続けていて、以前は100円ぐらいのものが150円ほどになっています。それと一緒に灯油の値段も上がっていますよね。これも、数年前の倍ぐらいになっています。だからと言うわけではないのですが、寒いときは2つか3つ使っている事務所のストーブを1つ消して、その分火鉢の炭火を多めに熾しています。
炭も買うものなので決して安いわけではないのですが、木炭の場合は木を伐って使っても、植林して再生すれば50年〜100年ぐらいで循環してまた燃料として使えるます。石油ができるのには何百万年も何千万年もかかるわけで、とても人間の手で再生して循環させることはできないですよね。
京都議定書の数値目標である温室効果ガスの削減目標の6%が、日本の場合は達成できないどころか排出量が増えていると言う話です。テレビやラジオ、新聞などでも盛んに呼びかけていても、要するに一人ひとりが気をつけなければ、効果は上がらないわけです。
私の父はよく言います。「北極の氷がなくなることよりも、雪が少ないことのほうがうれしい。」他にも同じような考えの人がもっといるでしょう。
今の温暖化は人間の暮らしのせいなのか、それとも長い間の地球の気候変化の一部なのか、私にはよく分かりません。なので、二酸化炭素を出さないことがどれほど効果があるかも分かりません。でも、気付いたときには遅すぎた、では済まされないような気がします。



その217  火鉢V          1月 10日
 
今朝は少し冷え込んで、雪が降っています。事務所にくるとストーブをつけるのと一緒に、火鉢に火を熾します。事務所で使っている火鉢は直径23cmほどで、材質はアルミの合金のようです。もともと家にあったもので、長い間使われていませんでした。
家にはもう一つ長火鉢がありました。長火鉢とは木製の小さいたんすのような、遠山の金さんがキセルをパシッとやるような、あんな感じのヤツです。それを見つけたのは私が小学生の頃で、稲倉の2階でホコリをかぶっていました。なぜかその時からその長火鉢がずーッと気になっていて、高校(鶴工建築科)の頃には「自分の事務所を持つことができたら、この火鉢を使おう」などと、おぼろげながら考えていました。まさか本当に自分の事務所を建てることになるとは思っていなかったのですが、なぜか今はこうして自営の仕事をしています。
11年前にこの事務所を建てて、そう言えばあの長火鉢は?と思って探したのですが、いつもあった稲倉の2階を探しても見つけることができません。父に聞いてみると、その長火鉢は叔父さん(父の弟)のもので、少し前に家を建てた時にその家に持っていったとのことでした。転勤族だったその叔父さんは、やはり家を建てたらその長火鉢を使おうと思って、私の家に預けておいたもののようでした。
なんと、血は争えないものだと思いながらもチョッとがっかり。そして聞いてみたら、家には他に小さな火鉢が一つ、それが今事務所で使っているものです。
もともと家には火鉢がなかったようで、父もそれ以外は記憶にないそうです。それも、お宝鑑定団に出すような古いものではなくて、農業系月刊誌の「○の光」の刻印、その上には昭和36年と刻まれています。きっとその雑誌の定期購読の景品か何かだったのでしょう。
昭和36年というと、私が生まれた年です。自分と同じ年の火鉢に何だか急に愛着がわいてきて、こっちの方がよかったと思いながらその火鉢使っています。