| 宮司言の葉
この荘内大祭は、133年の間、城下町鶴岡の市民が支えるお祭りです。
1月の新年顔合わせ会から始まり、
3月に務局会、
4月に大祭総会・鶴岡まつり振興会議総会、
5月に町内会連合会とのまつり懇談会、
6月に寄付募集(不況の中、多くの皆様から頂戴しました)
7月から小学女子の舞・三役奴振り・荻野流砲術・かたばみ太鼓の稽古・1小〜6小、1中〜4中に男子募集、女人列の面接審査、
8月からは1日に幟立て(大6本・小100本)、2日に大祭関係者初寄り、8日に酒井家御墓所草刈り奉仕、9日から衣装・道具出し、11日に表参道に大幟立て北広場に御旅所祭設営、12日に警察と最終打ち合わせ・交通安全協会・行列部会会議(日和上げ)と、ほぼ毎日準備や段取りがちゃくちゃくと進められました。
8月9日までの天気予報では、34〜35度の猛暑日となるとの予報でありましたので、参加者の熱中症対策を考えていましたのですが、それからの予報が、私をあざ笑うかのようにクルクルと変わり、予報は宵祭の14日から16日まで「大雨洪水注意報」というのです。
今までの半年余りの準備が報われないかと思うと、疲れが倍増するようでした。
14日午後2時から下山王日枝神社での徳川信康公例祭、3時からの酒井家墓前祭は晴れましたが、剣道・弓道の形が奉納の後、5時からの重要無形文化財黒川能の奉納上演の時から、ザーッと雨が降り出し最後まで止むことはありませんでした。
それでも、熱心に鑑賞される方々が大勢いました。9時から浄闇の中、「神幸祭」を奉仕。小職が本殿内に参入し、神様にお聞きしました。「明日、市中を巡幸遊ばしたいとお考えでしたら、晴れになりますね。」と、神様にお任せすることにしました。
15日早朝4時から強い雨がザーザーと音をたてて降っており、半分以上あきらめていました。8時30分、約50名のスタッフがそろい、大祭期間中の安全祈願祭。嶽本禰宜の「大祭期間中天気晴朗に・・・」と、祝詞に力が入っていましたが、予報は午前中弱雨・正午曇り・3時弱雨と出ていました。
11時に、行列執行判定会議があり、総合的に判断して山田総奉行より「実施する!!!」との力強い声で、決定しました。
奇跡的に晴れ渡った中を、鶴岡の夏の風物詩「荘内大祭」が始まりました。
今年は、昨年よりも50名も多い500名(史上最多)の参加者になり、着替えは混乱を極めましたが、美容師組合や婦人会、ガイド協の皆様、多くのボランティアの皆様の献身的な協力がありました。
かたばみ太鼓の触れ太鼓に始まり、2時の御旅所祭に引き続き、砲術・三役奴振り・巫女舞の奉納、山本副市長の激励をいただき、山田総奉行の「出発!!!」の掛け声で、3時に神輿渡御大名行列が出発しました。
途中、警備誘導をしていただいた交通安全協会の皆様、水飲み場を提供いただいた新茶屋さん・久栄堂さん・でがんすさん・むらまごさん・呉服小池さん・尾川園さんには深く感謝申し上げます。
途中、みゆき橋の上で五日町連中により萬家盛楼踊りが披露され、夕方5時に神社に無事到着しました。すぐに還幸祭が奉仕され、絹垣に囲まれながら宮司により本殿に遷されました。
夜、表参道では盆踊りが、内川では灯篭流しが、銀座通りでは第2回はえや流し踊りがそれぞれ行われ、夏の終わりを惜しみました。
16日には、大洗濯大会(衣装道具の片付け)が、まさにどしゃぶりの中ではありましたが職員全員と手伝い30名で行い、エアコンと特大扇風機をガンガンかけながら夕方6時頃ナントカ完了しました。
17日には、秋晴れのような天気の中を、神社本庁より辻省三鶴岡西田川支部長が献幣使として参向され、18代酒井忠久様、榎本政規市長を始め、多くの参列者の下、例大祭が厳粛に斎行され、裏千家淡交会中村社中の皆様の呈茶奉仕をいただき、和やかに直会を行いました。
天気予報には翻弄されましたが、多くの皆様の熱意と和に依りまして、奇跡的に無事盛大に賑々しく大祭を執行することができました。心より感謝申し上げます。
荘内大祭の詳細は、近日中にHPで公開します。
乞うご期待!!!
今年も欠かせないメンバーが帰ってきました。
新潟からW氏。仙台から旧姓Nさん現在Tさん家族。東京から大学生のT君。山形の竜笛名手W神職。天童のM神職。さらに、地元の有志。市役所の担当部署以外のA氏。I氏。M氏。昨年に引き続きT市議。
本当に! 本当に! 有り難うございました。(正坐・再拝)
結びに、残暑お見舞い申し上げます。
「秋の陣」も、がんばりましょうの。
|