小学校を卒業してから10数年振りに小学校へ行った時
あの像はどうして 各学校にあったかは知らないが 何となく寂しい。
そして あの像は誰が寄贈したかも知りたくなった。
それではと 今も二宮金次郎の像がある小学校を探す事にした。
しかしながら その為にわざわざ探しに行くのではなく
気が付いてみたら そこにあったと言う姿勢で探し回る事とする。
なぜなら 偶然に遭遇した学校に偶然にあった二の金さんの像があった時の
「やった!」と言う感じがすきだからである。
一家仁 一國興仁
一家讓 一國興讓
一人貪戻 一國作乱
其機如此
いっかじんなれば、いっこくじんをおこす。
いっかじょうなれば、いっこくじょうをおこす。
ひとりたんれいなれば、いっこくらんをなす。
そのき、かくのごとし。
と書いてある(らしい)。
なんと平成16年に寄贈された新しいもので小型のもので、
聞くところによると、学校の先生が寄贈したとの事。
今度は、その先生を取材してみたくなった。
なお像は外ではなく、校舎内にあります。
茨城に行く途中にあった小学校にあったもの。
これも茨城に行く途中にあったもの。
で 今回気が付いて事は異様に台座が高い。
完全に見下ろす感じであり
その台座の部分が建立された年からみて異様に古い感じがした。
しかも寄贈した人が南山大学学長となんている。
これはなにかあるなと感じ
ひょっとしたら戦争で銅像が供出されたままになっていて
台座だけが残っていたのではないかと推察した。
そこで地元出身の知り合いの親に聞いてみると
確かに戦前にあった銅像も戦後にはなかったという。
やはりこれなら台座と銅像の風化度合いが違うわけである。
そこに32年度の寄贈されて現在に至っているというわけだ。
こんなところにも日本の歴史が滲んでいた。
職員室に行って「この学校には 二宮金次郎の像はありませんか?」と聞く。
(むやみに探し回って 怪しまれるのは良くないから)あるとの事。
そして 先生が わざわざ案内してくれるではないか。
これにも驚いてしまった。
その前に訪問した山形市立○○小学校では
教頭が 「二宮金次郎? そんなもの あるわけなじゃないか。」と
教育者とは思えない口調で応対されたあとだから
余計 東根小学校の素晴らしさが感じられた。
自分の子どもが こんな風に挨拶もできたらなと思いつつ 白鷹町立東根小学校の関係者に敬意を表したい。
軟らかい顔つきの二宮金次郎像。
私の親戚の家にあり 学校以外で見つけて最初の二宮金次郎像。
無着成恭氏で全国的に有名な「やまびこ学校」の小学校である。
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